古橋竹材店
皆様に支えられてお蔭様で創業300年になりました
古橋竹材店物語
創業は過去帳をたどると享保12年とあります。初代は友右衛門です。
初代の仕事内容は浜名湖の中に使う漁業用の竹、建築材の竹、竹の傘、生活雑貨(竹の篭)等に販売していました。
昔は生活の中に竹が溶け込んでいました。
明治時代に入り天竜の山奥、今の佐久間町ぐらいから竹を切り出して、天竜川をいかだ、を組み浜松の中野町まで、かわくだり、してそれを篭屋さんとか建築下地に卸していました。
それは天竜川にダムが出来るまで続いていました。昔は交通機関が発達していないため、川で竹を流して大八車で配達していたようです。
戦前から戦後の(昭和30年代)まで続きましたが、戦後、高度成長に伴い庭の材料に使う竹が多くなりました。
今の竹炭の焼く技術は竹の品質を理解し、ご先祖様の教え(先人の知恵)を活用して出来上がった物です。
左は、父とスタッフの集合写真です。
代々竹材業継続するのは時代に合わせたニーズもあり大変な事と思います。
その昔、竹は農業・漁業をはじめ、かごなどの入れ物として、そして建築資材と大変に活用されたものでしたが、時代が変わり、プラスチックが使われるようになりました。
現代では和のアイテムとしての民芸のかごや、お庭の装飾として活用されていますが、昔ほど利用されていません。けれども竹の資材としての有用性にいろいろな方たちが気付き、研究されている一面もあるのです。
木を切りすぎてきた私たちは、違った資源を見つけなくてはなりません。しかし、それはとても身近なところにあったのです。
それが竹なのです。
ご存知のように、2〜3年という短い時間で大きく成長する竹は、切っても切ってもすぐに生えてきます。
成長に時間のかかる木に比べ、あっという間に成長する竹の旺盛な生命力を最大限に引き出したのが“竹炭”という、素晴らしい大自然からの贈り物なのです。
七夕のお祭り以外にも、もっともっと注目されていい素材だと実感しています。
今は竹に関連した材料と庭に関連した材料の卸、販売を手がける用になりました。垣根工事からゴルフ場の散水工事も手がけています。時期により色々な仕事があります。たとへば、1月から2月は浜松祭りの凧の竹、3月〜5月は庭の材料が忙しくなり、6月〜9月は農業資材が忙しく、10月〜11月は庭の材料、12月に入ると門松が忙しくなります。
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